History
2025/10/29
仙台市定禅寺通りから歩いてすぐの場所にある西公園。この緑豊かな公園の一角に、一台の蒸気機関車 (以下、 SL)が静かに佇んでおり、それは屋根に守られながら今も輝きを失わない。その姿は、多くの人々の想いのもとに支えられてきた背景があることをご存じだろうか。 今年で150周年を迎える西公園で、なぜこのC60形式1号機の蒸気機関車は大切に保存され続けているのかを、仙台市蒸気機関車C601保存会(以下、SL保存会) への取材を通して、その背景に迫った。

写真: 仙台市蒸気機関車C601保存会 本間市郎会長、熊谷満副会長、大澤光雄幹事
昭和43年10月、東北本線の全線電化が完成し 『ヨン・サン・トオ』 と呼ばれるダイヤ改正が実施された。 常磐線は1年前に全線電化されており、これで上野から青森間の輸送を支えて来た蒸気機関車が全て姿を消すことになったのである。この時立ち上がったのは一人の少年であった。 母親から読んでもらった新聞で、この事実を知った当時国見小学校1年生の少年は、国鉄東北支社長宛に一通の手紙を書いたのだ。
「そのとき ぼくはかなしくなりました 一だいでもいいから ぼくたちにください」
幼い文字で綴られたその訴えは、当時の大人たちの心を動かすことになった。 国鉄はこの手紙を了承し、少年には感謝状が贈られた。しかし、問題はここからだった。 どこにSLを設置するのか。SL は非常に重く、大きいためどこかに運ぶとなれば大がかりな作業となる。そこで国鉄仙台鉄道管理局は仙台市と協議を行った。 ここで選ばれたのが、現在SLがおかれている西公園だったのである。
西公園は仙台伊達藩重臣の屋敷跡という歴史的背景を持ち、 当時は市民プールや図書館も併設されていた。そして何より、仙台駅から最も近い大きな公園という立地が決め手となった。『ヨン・サン・トオ』によって廃止された後、国鉄郡山工場で整備され、仙台駅貨物ヤードの構内に転送されたSLを、距離が短く運搬の実現可能性が高い場所として、西公園が最適だったのである。 実際、 SL は 街中を 通って 運ばれた 。南町通りにぶつかったあたり、現在のメトロポリタンホテルの付近にあった仙台駅貨物ヤードの構内から、⻄公園まで。その距離の短さが、この貴重なSLを後世に残す第⼀歩となった 。

このような背景で西公園にSLは配置された。ではこのSLはどのようなものなのだろうか。西公園に展示されているSLは、C60形式1号機である。このSLは昭和17年10月、C59形式27号機として製造され、米原機関区、姫路機関区に配属後は東海道本線や山陽本線で特急・急行列車を牽引して活躍した旅客用機関車である。その後、より強力なC62形式の登場と東海道本線の電化による余剰となり、地方の規格の低い線区への転用が決定された。
昭和28年11月、国鉄浜松工場でC59型機関車の従軸を一軸追加し、軸重を軽減する改造を行い、 新たにC60形式機関車の1号機として生まれ変わった。改造後は、尾久機関区を経て盛岡機関区に配属され、昭和43年9月まで盛岡機関区を基地として東北本線 奥羽本線で旅客列車を牽いた。当時の機関士たちは、C60形式を親しみを込めて 『ろぐまる』と呼んでいたという。そして現在、このC601は国内に唯一現存するC60形式のSLである。SL自体は全国に約 600両ほど保存されていると言われるが、そのほとんどが雨ざらしで錆びついてしまっている。 C601ほど良好な状態で保存されている蒸気機関車は、全国的にはごく少ない。
しかし、 西公園に設置された当初、 C601も決して恵まれた環境にあったわけではない。屋根もなく、風雨にさらされ続け、やがて劣化が進んでいった。その中でも問題なのが、 SL 内部の劣化である。運転室の床板 (本来は網目付き鉄板。今は平鉄板に張り替え済み) は特にひどい状態だった。普段、来園者は大きなSLの車体に見惚れてしまい気づかないが、 車輪があるところまで目を通すと、 赤錆びが広がっている様子がわかる。 鉄錆は茶色くなって剥げ落ち、台車の鉄板は薄くなっている。台車は鋼板組立てでできているため、表面が剥がれるとだんだん薄くなり、最後には内側から崩れてしまう。
さらに、いたずらによる被害も深刻であった。圧力計のガラスが割られ、針は剥がされた。運転室前方にある旋回窓 (*1) も破壊された。直したとしても、数年でまたいたずらされる。最もひどかったのはナンバープレートだ。前後左右にあったナンバープレート四枚のうち、 前面のプレートが盗まれたから現在のナンバープレートはレプリカである。 本物のナンバープレート三枚は仙台市公園課が資料として保管している。

当時、 廃車となった蒸気機関車が各地に留置されていたが、どこも部品が持ち去られる被害に遭っていた。計器類が壊され、代替品もない。外観を直すよりも、盗まれて壊されるいたずらの方が対応しづらい問題だったという。この状況を変えたのが、蒸気機関車の選定を担当した元国鉄東北支社車両課長の長倉徳之進氏(以下、長倉氏)である。自らが選んだSLが荒廃、腐食し、いたずらされる現状に耐え難かった長倉氏は、高橋秋男鉄道OB会仙台支部長と協力し仙台市と交渉を開始した。何度も協議をおこなった結果、仙台市もSLを継続保存する事を決め、外観の修復と屋根の設置を行うことが決市議会で承認された。
長倉氏:「屋根がないと鉄が錆びてなくなってしまいます」
長倉氏等の粘り強い交渉と想いが、C601の未来を救ったのである。そして平成28年、SLに屋根をかけて腐食からSLは守られるようになった。またこの時、「鉄道遺産として末永く良好な状態で保存されることを期して保存会を設立しよう」と機運が高まり、『仙台市蒸気機関車C601保存会』 が設立された。 国鉄やJRに勤めていた仲間たちが集まり、現在は市民にも参加の場を広げ、年二回の清掃イベントを開催している。
※1旋回窓: ワイパーと同じ目的で、円板の回転により遠心力で雨や雪を飛ばす装置
SLは明治5年にイギリスから 日本に入ってきて以来、 昭和43年10月までの約100年間、日本全体の陸上輸送の主要な動力源として旅客も貨物も運び続けた。「陸上のメイン動力だった蒸気機関車が一両も残らないというのは寂しい—」。これがSL保存会設立の根底にある想いである。SL保存会は単にC601の現状維持するだけでなく、このSLがこれまで日本の陸上輸送を支えてきた事実を伝えることを使命としている。そこでSL保存会はSLを伝えるため、 多くの取り組みを行っている。今年行われた西公園の150周年記念フェスでは、子どもが乗れるミニSLを運転した。また年に数回、仙台市のイベントに合わせて説明開催を行っている。よさこい祭りの期間中には、SL保存会のメンバーが現地で説明員として待機し、来園者にSLの構造や動く仕組み、各種機器の扱いなどを解説している。運転台に上がって見学することもでき、子どもから大人まで楽しめる。

また、何といっても一番の取り組みはSLの清掃活動である。SL保存会は、「清掃は全国的にも珍しい取り組みです」 と語る。全国で約600 両のSLが保存されているが、多くが雨ざらしで錆びてしまい、ついには鉄くずにされるケースも多い。SL保存会のような組織があり、定期的に清掃が行われているのは、本当にSLに興味を持った人々が何人もおり、なおかつSLを守りたいと行動に起こした場所だけなのだ。
SL保存会のメンバーは国鉄、JRのOB会員が多く高齢化が問題となっている。 SL保存会を引っ張ってきた長倉氏は現在97歳であり、若い世代にこのSLを守る活動を引継いでいきたいという想いは切実である。
長倉氏:「小さい人たちにも SL を知ってもらう活動を継続的にしていきたい」
子どもは乗り物が好きで、蒸気機関車にも興味を持つ。小さいうちに本物に触れる機会を提供することが、 鉄道文化を次世代につなぐ第一歩になると考えている。 SL保存会の最終的な目標は、西公園に立ち寄った人にSLを見てもらいその歴史を感じてもらうことだ。SLが置かれた広場の舗装は、コンクリートと、縁石を組み合わせて機関区の転車台 (*2) をイメージさせるような円形のデザインが施されており、活躍していた頃のSLの姿を想起させる。運転台の内部には、最近来場者のために部品の名称を記したシールが貼られた。 以前は隠れた部分のバルブなどにしか貼っていなかったが、今は来場者に名前がわかるように、SL保存会が作成したシールを目に見える場所に配置している。
西公園は今年、開園 150周年を迎えた。仙台市最古の都市公園として、また広瀬川を一望できる緑豊かな憩いの場として、市民に愛され続けてきた。その公園の一角で、C601は今日も静かに佇んでいる。一人の小学生の手紙から始まった保存の物語は、 長倉氏をはじめとするSL保存会の人々の努力によって受け継がれている。 外見の美しさの裏側では、見えない劣化との戦いが今も続いている。 それでも、C601を守り続ける理由は明確だ。“このSLが日本を支えてきた”という歴史を次の世代に伝えていくために―。
西公園を訪れた際には、 ぜひC601の前に立ち止まってほしい。 大きな動輪、 運転台の計器類、そして車輪の下の台車まで。 細部を見れば見るほどこのSLを守り続ける人々の想いが伝わってくるー。

※2 転車台 :SL の方向を転換する装置のこと
≫日本を支えた動力源の記憶: C601 が語る 100 年の 熱意
蒸気機関車 (SL) は、明治5年にイギリスから日本に入ってきて以来、昭和51年頃までの約100年間、日本全体の主要な動力源として人や貨物を運び続けた。現在あるSLを、長く大切に保存して行きたいとの想いが、SL保存会設立の根底にある。SL保存会は単にC601の『静態保存』を維持するだけでなく、この機関車が日本を支えてきた『熱い歴史』を伝えることを使命としている。
≫情熱が作り上げた『本気のミニSL』
彼らの活動は多岐にわたる。例えば、西公園の 150周年記念では、子どもが乗れるミニSLを運転した。この時、JR貨物東北支社のミニSLが周回運転を実施。さらに、関東地区のSL愛好者メンバーが持ってきたC601の8分の1スケールのミニSLが、直線運転を披露した。この8分の1のミニSLは、C601に惚れ込んだ首都圏の鉄道ファンが、何度も西公園に通って寸法を測り、数年かけて製作したものだ。特筆すべきは、本物と全く同じ構造であること。 実際に罐で石炭を焚いて蒸気で動く本気のミニSLなのだ。 製作者は東海道新幹線の運転系で活躍した人物。SL保存会のメンバーが 「私たちよりも詳しい」と舌を巻くほどの情熱と知識・工作力を持っていた。
≫全国でも珍しい、説明員配置と清掃活動
現在も年に数回、 仙台市の大規模イベントに合わせて説明会を行っている。例えば、よさこい祭りの期間中には、SL保存会のメンバーが現地で説明員として待機し、来園者に機関車の構造や動く仕組み、各種機器の扱いなどを熱心に解説している。 運転台に上がって見学することもでき、まさに子どもから大人まで楽しめる貴重な機会となっている。全国で約600両のSLが保存されているが、そのほとんどは雨ざらしで錆びてしまい、最終的に鉄くずにされてしまうケースも少なくない。定期的に清掃が行われているのは、本当にC601 の価値を理解し、情熱を持つ人が少数ながら存在する場所だけなのだ。清掃活動は、年に2回、春と秋に集中的に行われている。機関車の上に上がる人は、高所作業のため必ず命綱と安全帯を装着。C601の動輪は直径1,750ミリ。その上に立つと2メートル以上の高さになる。客車を引く機関車の動輪の直径は原則 1,750ミリと決まっており、特急を牽いていたC62など『日本最大級の機関車も同じ直径だ』という事実も、そのスケールの大きさを物語っている。
仙台市蒸気機関車C601保存会のHPはこちらから
Text:Souta Matsune
Photo:Souta Matsune/Yuki Suzuki
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